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 作家馬場卓也のおもちゃと怪獣と仕事の三つ巴生活!  男もつらいし、女もつらい。男と女はなおつらい! てな訳でよろしく
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 恒例、京都みなみ会館の超SDX。今月は『地球防衛軍』『宇宙人東京に現る』の和製SF二本立て。秋のみなみ会館は宇宙映画、いつしかそんなことが決まっていたのです。


『宇宙人東京に現る』は本邦初のカラーSF。地球の科学技術の進歩の暴走を警告に来た、星型に一つ目のデザインがユニークなパイラ人。警告だけしに来たようで、地球に接近しつつある天体Rのことはあまり気にしていない様子。いやそこ気にしてくれ。最後には何とか解決してくれるのですが、そこまではのんびりしている。その間に地球が壊滅寸前まで追い込まれるんですが。全編を通して牧歌的なムード。これが大映のムードなのかもしれない。宇宙人の襲来に地球の危機、みんな必死になってるけど、どこかのんびり。『そこいらないんじゃない』と思われるシーンやカットも、あのムードの中では必要だったのだ。宇宙音を発しながら、ただ何をするでもなく、ぬぼーっと川の真ん中に立っていたり、ステージの天井に張り付いていて、特に何をするでもないパイラ人がおかしい。
 

 続く『地球防衛軍』は当時の東宝特撮の総力を結集したような特撮シーンのオンパレードで『宇宙人東京に現る』とは対照的。宇宙人の来訪に対し、地球側は全力でやる気満々。宇宙人ミステリアンも暴れるだけ暴れてから『半径3キロ圏内の土地ください』とか、順序がおかしいだろと思われる交渉のへたさっぷり。恐るべき化学力を持った敵に対しても動じることなく超兵器で応戦する、これが東宝の宇宙人映画。
 
 2本をみくらべると、同じ宇宙人を扱った映画でもそれぞれの会社のカラーが出ていて面白い。のんびりして、つっこみどころが多い『宇宙人東京に現る』の方が妙に引っかかる。
 

 で、これで終わればよかったんですが、翌日はババジラジオ京都SP。あの、特殊イベントをみなみ会館の一階で行うというのだ。特に何か記念的なことではなく、単にスケジュールが合わなかっただけ、という単純な理由。
 雨の中、10人ぐらい、いつもの顔ぶれが来てくれればいいだろう、なんて思っていたら、30人近いお客様。特にテーマもなくダラダラしゃべるだけなのに、申し訳ない。
何とかお下品な方向にはもっていかず、しごく真っ当にトークを終わらせることができた、と思う。こんなイベントもいつのまにか2年、長かったなあ。 
 
 その日の上映の間、雨が降り続いていた、当時に雨が降るのは来月の『ガメラ3』の方がいいだろ、そんなことを考えながら、家路につくのでした。

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 先日はいつもの尼崎三和市場で『ガサキング祭』でした。ガサキングの祭り? 今まで秋は三和市場祭だったのに、ついに怪獣が祭を乗っ取った! いくらなんでも大丈夫なのか? 一体ガサキングαで二日持つのかよ? 今回は、今冬に開催したガサキング酒場のように、デザイン担当の西川伸司先生とトーク。そして、初の試みである怪獣演劇の台本を受け持つ。しかし、怪獣演劇ってどうすればいい?




 三和市場で演劇を発表している狂夏の市場の代表、岩切さんと会ったのは夏のこと。
打ち合わせをして、人生初の演劇台本を書いて、そして当日。


 何度目かの三和市場。西川先生とのトークは、2時間ぶっ通しという無茶なタイムスケジュールだったが、話があっち行ったりこっち行ったり、何とかガサキングのこれからを話しているうちに時間が過ぎてしまった。休憩を挟むべきでは? と言いかけたら、すでに終盤近くだった。とにかく、城とUFO。来年築城予定の尼崎城はガサキングαが壊せばいいんですよ。


 何とかイベント終えて休憩所でくつろいでいるとき、外のおもちゃ屋で子供がメガギラスの話を一生懸命していた。ここにそのデザインした人がいるんだけどな、とニヤニヤしてしまう。



 そして、いよいよ始まる演劇『怪獣恋慕・花と肉』。もすごいタイトル。以下、Twitterで呟いた『花と肉』の詳細を再編集して載せます。



 あれは元々ガサキングα命名のきっかけとなった怪獣映画プロット案の一つで、その時怪獣の名前はアマガーでした。Zガンダムの戦艦みたいな名前。で、予算的に巨大怪獣は無理だろうというので、等身大コメディにしました。



 ベースは吉本新喜劇と『泣いた赤鬼』。べたな笑いで、怪獣を嫌われ役にしようというコンセプト。あと、あの辺は猫が多いので市場の守護神、猫神様を設定。『花と肉』というタイトルはやけくそ気味に生々しいものを、と思ったから。団鬼六っぽいどぎつさ。実際あの商店街には花屋と肉屋があるし。



『怪獣恋慕』はとにかく『花と肉』にくっつくような難しそうな感じ。ウルトラマンタロウの没シナリオ『怪獣無常・昇る朝日に跪く』が頭にあった。で、舞台化に際しそれを一幕用の台本に書き直す。頭の中で舞台を思い浮かべながら、書く。それを主催の岩切さんに見せてさらに修正。徐々に具体的になる



 ガサキングαを出ずっぱりにするのは大変なので、出てくるのは最後のみとなった。さてどうする? 聞けば、舞台はいつものイベントスペースから飛び出し、往来でやるとのこと。実際の花屋と肉屋を行き来し、客は演者の後を追う。プロレスの場外乱闘的設定というか全方位怪獣ショーというか『ロッキー5』のクライマックスのようなイメージか。。脳裏をよぎる『バトル・クリーク・ブロー』という謎英語。



 だったら、、シャッターから腕がにょきりと出て、それが主人公とヒロインと絡むのはどうか? それだったら、ガサキングαの存在もアピールできて、最後にシャッターから本物が出てくるのも悪くない。最後の死闘は市場のあの狭い通りでストリートファイト式に行われる。演者も、客もみんな巻き込もう!



 という風に台本を書き直し、提出。あいにく稽古の様子を見に行けなかったが、楽しそうな雰囲気は伝わってくる。イけそうだ。そして本番。やはり場外乱闘は難しかったからか、イベントスペースを丸ごと舞台にし、客席は市場の通路に置くというかなり変則的な構成に。まるで人様の家を覗いてるような感じが面白い!



 主人公とヒロインは小屋の中でお芝居を続け、すべての傍観者である猫神は客と一緒に屋外へ、という立体的配置。上手く客を巻き込んでいる、みんな目撃者だ。こっちの方が面白い! そして懸念されたガサキングαの登場。一体どうするのか? 腕だけではどうにも難しくなってきている。この位置だと、全身を見せないと



 そこに登場した黄色い何か。段ボールっぽい仮面をつけた、こいつがガサキングα! なるほど、クライマックスまでこの高機動型で話を進めるのか、その手は思いつかなかった。これならスムーズに動ける、お見事である。舞台用のガサキングの変異体、サンワ君である。犬の漫画みたい。



 軽量化されたガサキングαが動き回り、主人公は泣き、笑い、引きこもり、ヒロインは食う、ひたすら食う! 時間経過を歌と踊りで表現するのも実に舞台的であり、その方がお客様も喜んでくれるというもの、さすが! そしてクライマックスに本物ガサキングα登場で、一気にテンションが上がる!



 初めての舞台台本を経験者の皆様にいい感じにアレンジされ、いい意味で予想を裏切られた舞台でした。見ている間、俺の口が半開きだったこと、そしてバサバサと投げ込まれるお客様のお札の雨がその評価だったんじゃないか、と思うのです。


 と、舞台は無事終了、大成功だったのではないか、と思う。実際面白かった。自分の書いたセリフを他人が演じている、というのは何とも不思議な気分だったけど、狙っていた部分で笑いが起こった時は素直に嬉しいものです。



 そして最後はガサキングαと西川先生の誕生会へ、みんなでケーキを食べて、ガサキングαを囲んでわいわい歓談。これからももっと暴れて、もっと市場にお金を落としてくれる怪獣になってくれればいいな、と思った。






 あと、次回はもっと子供の声が聞こえるようなイベントにしないと、とも思う、怪獣はやっぱり子供のものですので。



 そんなことをおもいつつ、家路についた。関係者の皆様、西川先生、お疲れさまでした。
 で、やっぱりいろいろかってしまった


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 人間、その時の状況、状態でご飯がいつも以上に美味しかったり、映画が面白く見えてありするものです。先日見たみなみ会館の怪獣映画二本立てなんか、すでに何度も見たはずなのに途中入場だったからなのか、もはや西の怪獣聖地と呼んでもおかしくない場所で見たからなのか、俄然面白くなってしまい、今日も家で見てしまった。特に『ガメラ対バルゴン』は新発見や忘れていた要素がどっと甦る。濃い人間ドラマには『何もそこまで』と言える台詞や描写が多い。これが怪獣ドラマというものに深みを与えているのだ。それにしてもバルゴンかっこいい。



 
 怪獣映画の面白さを堪能したあとは、最新の宇宙怪獣もの『エイリアンコヴェナント』を見に行く。




 前作『プロメテウス』が『エイリアン』の前日譚で、今回はその続編だからややこしい。映画が始まってからふと思った。『あれ、プロメテウスってどんな話だっけ?』確か、謎の惑星でハゲのおっさんとタコみたいなのが喧嘩して、それがエイリアンに……なったっけ? まあいいや、ひょっとしたら今回は全く無関係かもしれない。宇宙入植船コヴェナント号は居住可能な惑星を求めて旅の途中、ほら前作と関係ないじゃない。



 と、思いきや、宇宙に流れる謎のメロディー。宇宙の果てでなぜ? と、徐々に宇宙怪談の片鱗が見えてくる。そしてそのメロディーの源を探るべく、船は謎の惑星へ。ああ、もうだめだ、行っちゃいけない、でも行かないとお話にならない! そこでようやく前作とお話がリンクする。あ、やっぱり続編だったのか。前作でも活躍したアンドロイドのマイケルファスベンダーが今回のキーマン。彼が何を考え、何しでかすかトンと分からぬまま話が進み、そしておなじみエイリアンの登場。エイリアンがいかにして今の形になっていたのか、血飛沫を交えながら、じっくりと教えてもらえるぞ。
 



 久々に死体ゴロゴロの映画を見た、ついでに喫煙シーンとヌードも最近の映画じゃあまり見られないなあ、もうリドリースコットやりたい放題、の印象。2以降、いやひょっとしたら自身の出世作だった1作目もなかったことにして新しい宇宙の恐怖を作り出そうとしたのでは? 


 
 あまり詳しく書くとネタバレになりそうだけど、この映画はどこがネタバレになるのかよくわからない。『エイリアンあるある』も踏まえながら、エリアンの暴れっぷりと、ファスベンダーのアンドロイドを描いていく。人間ちょっと置いてけぼり。
 


 コヴェナント号にもファスベンダー型のアンドロイドがいるので、ファスベンダーが二人も見られるファンサービス。アンドロイドがあれこれやっているので、見ていて『ブレードランナー』の新作を見ているのかと錯覚してしまった。劇中、シェリー夫人の名前が出て、アンドロイドとその創造主との関係も描かれているので、これもまたフランケンシュタインものの変種であるかもしれない。フランケンシュタインもので、ファスベンダーが二人、これは宇宙の『サンダ対ガイラ』だった! またしても! ちゃんとエイリアンも出てますよ。



 エイリアンとは戦うものではない、逃げるものであるという事を再確認した映画。


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 ウルトラ大全集もひと段落、あの夏の日はゆめだったんじゃないか? と抜け殻のような日が続いてました。



そして今月、それでも怪獣は続くよどこまでも。




9月の超大怪獣大特撮大全集SDXは『フランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラ』『大怪獣決闘ガメラ対バルゴン』の1966年公開の怪獣映画二本立て。この2本は同年公開というだけでなく、色々と共通点の多い映画だった、と恒例のうろ覚え新聞を描きながら思いました。まず、どちらも続編的ポジションである。『バルゴン』では前作のダイジェストが流れて本編へ。『サンダ対ガイラ』も『フランケンシュタイン対地底怪獣』の続編、という位置づけだと思いきや、完全に世界が繋がっているわけではない。『バラゴンがいないフランケンシュタインの物語のリメイク』といった方がいいのかも。




 
 あと怪獣による食人描写、自衛隊がすごく頑張って、パラボラアンテナが勝負の決め手になる、怪獣同士が出会うのは中盤辺りとか、エエモン怪獣を信用していない人類とか、殺人光線とかこじつけも含めて色々とあるのです。



 あいにくと今回は仕事の都合で途中入場。映画館に入ると『ガメラ対バルゴン』の終盤近く、琵琶湖でガメラとバルゴンの最終対決が始まらんとしていました。シネスコ画面いっぱいに展開される四つ足怪獣の激闘。必殺技を封じられてもまだ手強いバルゴン、しかし執拗に水辺から逃れる姿を見て、ガメラはその弱点を悟る……。冬休みにテレビで見たあの名場面が大画面で展開される。ガメラによって湖底に沈められたバルゴンはブクブクと紫の泡を出して息絶える。休憩時間、バルゴンが破壊した橋は琵琶湖大橋なのか、近江大橋なのか? というお話を常連さんたちとするけど、結局あれは『漠然とした琵琶湖の漠然とした橋』という事で落ち着く。オールセットですからねえ。




 続く『サンダ対ガイラ』は、もう何も語ることのないぐらいに語りつくされた怪獣映画の傑作。オープニング、伊福部昭の楽曲と荒れ狂う海、音と映像でで何かとんでもないことが起こることを予感させてくれる。実際すぐに起こるんですけどね。




 前半は徹底して海のフランケンシュタイン、ガイラと人間の攻防、そして後半はサンダとの対決とシンプルな構成。前半の見せ場でもある自衛隊によるL作戦シーンは、メインキャストが一切出てこない、まるで自衛隊の疑似ドキュメンタリーを見ているように淡々と進んでいく。



 分かってはいてもガイラは怖い、かっこいい。そして最後の最後までガイラに攻勢を促すサンダは健気である。見直してみてあのサンダは研究所から逃げたフランケンの成長した姿であり、ガイラはその細胞から生まれたものだと確認。よく怪獣図鑑では前作のフランケンの細胞から二匹が生まれた、とか書かれていたので、混乱していたけど、見ればわかることでした。だからやはり、あれは前作のリメイク、リブート的なものなんだな。
 


 クライマックスの唐突な海底火山の噴火で物語は終わるけど、あれは奢れる科学に対して自然が怒ったという解釈でよろしいか。それが『日本沈没』に繋がっていくのです、というのは考えすぎ。


 途中入場とはいえ、怪獣映画はスクリーンで見るのが楽しいなあ、と改めて思った次第。そして今これを書きながら『ガメラ対バルゴン』を視聴中。あかん、面白くて文章書けない。
 



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 じーっとしててもどうにもならないかもしれないが、じっとしててもなんとかなることもある。ここ最近は暇に任せて『バットマン』をテレビ、映画構わず見てすごしていた。ハードでダークなバットマンもいいし、ポップでねじの緩んだバットマンもいい。ゴジラシリーズがそうであるように、バットマンもどんなのが来てもこだわりなく受け入れられる。最近はハードで暗いバットマンが多いから、たまには原色バリバリの愉快なのも見て見たいな、でも無理だろうな、と思うのはゴジラにまたフットワークの軽い戦闘やシェーを望んでいるのと同じかもしれない。



 そんなバットマンで近年評価が高いのは『ダークナイト』を筆頭とするクリストファー・ノーランの3部作。見直してみると、バットマンの存在がどんどん薄くなり『街対悪』の構図が強くなってきているなあ、という印象。そんなノーランの新作『ダンケルク』が公開中という事なので、見に行ってみる。前作『インターステラー』は劇場で見逃し、レンタルで『すげえ!』となった映画。今度はどんな『すげえ』が待っているのか。その前に黒沢清監督『散歩する侵略者』を。この監督も『すげえ』のひとである。単なるJホラーかと思いきや、人類が壊滅寸前にまで追い込まれる『回路』の監督である。本当はバリバリの怪物、ホラー映画やりたいんじゃないかなという思いが作品から感じられる人である。未見だけど『リアル』も、SFサスペンスと見せかけてクライマックスは『恐竜怪鳥の伝説』だったと聞く。うまく企画を通して、あとは好きなことを随所にぶちまけている、そんな印象。






 今回も『この映画のテーマは夫婦愛を描いたサスペンスです!』とか言っておきながら、その実態は『予算の都合で怪獣や宇宙人のスーツも新調できず、派手な特撮も使えないウルトラセブンのとあるエピソードを、お金かけて作った』ようなものである。ハードSFだなんだと言われ続けているウルトラセブンをよりハードにすると、セブンがいらなくなるという矛盾。じゃあ『ウルトラQ』でいいんじゃないの? でもタイトルが『散歩する侵略者』だからね、いやでもセブンを想起させる。見ていてセブンの没脚本『他人の星』も思い出した。





 
 ある日突然奇行が目立ち、自分は宇宙人だと言って地球人の『概念』を集めだした夫に翻弄される妻。そして一方で、宇宙人と名乗る青年と出会った雑誌記者の物語が描かれる。両者が交わった時、物語が……。物語は静かに日常を描き、そして徐々に、じんわりとそれが剥がれ落ちるのを描く。宇宙人の侵略がただの狂言ではなと分かったあたりから、世界が狂いだす。なぜ狂っていくのか、主要な人物以外誰も知らない。クライマックスに派手な見せ場があるものの、メインはじんわりと崩壊していく日常パートではないだろうか。冒頭から『この映画どうなるの?』と思いながら、ぐいぐいと引き込まれていく感覚。






 今回の『概念を奪う』という侵略者の作戦は斬新。家族とは? 仕事とは? 自分とは? 愛とは? 普段口にしている言葉、その意味を、侵略者という外からの視線で浮き彫りにしていく。またそれによって修復していく人間関係という皮肉。





 いつも眠そうな松田龍平の風貌が宇宙人っぽく、その妻である長澤まさみはいつも怒っている。長谷川博己と前田敦子は去年のゴジラに続き、今年は侵略者と遭遇することになる。去年は頼もしい味方だった無人爆撃機が……。





 タイトルはセブンっぽいけど、あの夕焼けは『ゴケミドロ』、知り合いが突如他人になる恐怖は『ボディスナッチャー』かな、とか過去の侵略もののエッセンスをついつい探してしまう。宇宙人に乗っ取られた少女、垣松祐里のアクションが最近流行のカンフー系の華麗なものではなく、殴る、ぶつかる、飛びつくといった泥臭いプロレスっぽい戦闘だったのは、プロレスラーが主演した侵略SF『ゼイリブ』なのかも。または黒沢監督が涙したプロレス映画『カリフォルニア・ドールズ』クライマックスで多用される飛びつき技からかもしれない。などと考えつつ、世界はいつしか見えない侵略者によって……。





 原作が元々舞台だったというのにびっくり。やっぱり企画通すときは『人気舞台の映画化で、夫婦愛がテーマなのです!』とかやったのかな。『新しい形の侵略SFです!』では通らない気がする。去年はゴジラという目に見える脅威がドッカンドッカン人間の世界に侵略してきたけど、今年は見えない脅威がこっそりやってきて、じんわり破壊していくといった感じ。




 
 そして『ダンケルク』へ。第二次大戦中、実際にあった英仏の撤退作戦をとてつもない緊張感で描く作品。ドラマっぽいドラマはなく、その時の様子をパートごとに切り取ったような映画。ただひたすら逃げる。追う側のドイツ軍は一人も姿が見えない。見えない敵が銃弾を撃ち込んでくる恐怖。やってくるのは救援の船か、それとも見えないドイツ軍か。冒頭から緊張しっぱなしである。『ダークナイト』でジョーカーが登場するときに流れる『ビィー――――ン』という音楽がずっと流れている感じ。実際かなりの頻度で『ビィー――――ン』が流れている。そして気が緩むとドカン! とドイツの攻撃が来る。見ているこちらも戦場に放り込まれたような感覚に陥る。とにかくこの緊張状態から逃げたい! と思ってしまう。映画の内容はダンケルクで援軍を待つ一応主人公の悪戦苦闘と、救援に向かう民間の船舶(ここだけドラマっぽいものがある)、そしてその上空で行われる英独の空中戦と大まかに3つのパートに分かれ、それらがタイムラインを無視して描かれるからややこしい。こりゃ二回目を見ろという事か。



 とにかく逃げて、おぼれて、逃げて、溺れて。状況が状況だけによく水に浸る映画である。
 


 大がかりなCGを使わないと公言しているノーラン監督は、とにかく本物をぶつけ爆破させる。特に空中戦はすさまじい。CGでなければあれはいったい何なのか? 実機を飛ばしたのか、ミニチュアなのか? いつしか人はCGという存在に縛られてしまっていたようだ。青空のドッグファイトは壮絶でもあり、美しい。



 しかし、ここで困ったことが起きた。猛烈の腹部の調子がおかしくなってきた。去年胆のうを取ってから、突発的な便意に見舞われることに慣れてきた。でもこんな時に来なくてもいいじゃないか! 宇宙人でも、ドイツ軍でもなく、真の見えない敵は自分の中にいた! だからそんな意味も込めて『みんな早く逃げろー!』と心の中で叫んでいた。早く逃げてエンドクレジットが流れたらトイレにダッシュしようと思っていた。しかし、体が待ってくれなかった。だめだ、いや、まだいける、しかし……。物語も終盤に差し掛かった時、どこら辺かとか書くといわゆるネタバレになりそうなのでやめておくが、仕方なくトイレに駆け込んだ。負けてしまった。でも負けてよかった。あのまま最後まで見ていたら大惨事だった。そして無事に用を足し、劇場に戻ってみるとエンドクレジットが流れていた。だから俺の『ダンケルク』はあそこまで。こりゃもう一回見に行かないといけないのかな、と思ったが、そうこうしているうちに今度は海の向こうからエイリアンとブレードランナーと猿の惑星がやってくる。まるで名画座の三本立てみたいだけど、全部新作だ。今更、映画を見る前は余計な情報と食べ物は入れてはいけないな、と思い知らされた。 






 まさか、敗走を描いた映画で自分が敗走するとは。

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プロフィール
HN:
馬場卓也
性別:
非公開
職業:
作家
趣味:
怪獣
自己紹介:
作家。一応作家。
CS放送のシナリオ公募で佳作入選。
『SHUFFLE! アンソロジーノベル』
でデビュー。
『School days 君といる、空』で長編デビュー。(ともにJIVE )

『真田十勇姫!』(ソフトバンクGA文庫)
シリーズほか、チョコチョコと。
ラノベ、ゲームシナリオ等々、何でもやりますのでお仕事お願いします。
 怪獣とかチャンバラが好きやねんけど、女の子率高いなあ。


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