作家馬場卓也のおもちゃと怪獣と仕事の三つ巴生活!
男もつらいし、女もつらい。男と女はなおつらい!
てな訳でよろしく
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 人間、その時の状況、状態でご飯がいつも以上に美味しかったり、映画が面白く見えてありするものです。先日見たみなみ会館の怪獣映画二本立てなんか、すでに何度も見たはずなのに途中入場だったからなのか、もはや西の怪獣聖地と呼んでもおかしくない場所で見たからなのか、俄然面白くなってしまい、今日も家で見てしまった。特に『ガメラ対バルゴン』は新発見や忘れていた要素がどっと甦る。濃い人間ドラマには『何もそこまで』と言える台詞や描写が多い。これが怪獣ドラマというものに深みを与えているのだ。それにしてもバルゴンかっこいい。
怪獣映画の面白さを堪能したあとは、最新の宇宙怪獣もの『エイリアンコヴェナント』を見に行く。
前作『プロメテウス』が『エイリアン』の前日譚で、今回はその続編だからややこしい。映画が始まってからふと思った。『あれ、プロメテウスってどんな話だっけ?』確か、謎の惑星でハゲのおっさんとタコみたいなのが喧嘩して、それがエイリアンに……なったっけ? まあいいや、ひょっとしたら今回は全く無関係かもしれない。宇宙入植船コヴェナント号は居住可能な惑星を求めて旅の途中、ほら前作と関係ないじゃない。
と、思いきや、宇宙に流れる謎のメロディー。宇宙の果てでなぜ? と、徐々に宇宙怪談の片鱗が見えてくる。そしてそのメロディーの源を探るべく、船は謎の惑星へ。ああ、もうだめだ、行っちゃいけない、でも行かないとお話にならない! そこでようやく前作とお話がリンクする。あ、やっぱり続編だったのか。前作でも活躍したアンドロイドのマイケルファスベンダーが今回のキーマン。彼が何を考え、何しでかすかトンと分からぬまま話が進み、そしておなじみエイリアンの登場。エイリアンがいかにして今の形になっていたのか、血飛沫を交えながら、じっくりと教えてもらえるぞ。
久々に死体ゴロゴロの映画を見た、ついでに喫煙シーンとヌードも最近の映画じゃあまり見られないなあ、もうリドリースコットやりたい放題、の印象。2以降、いやひょっとしたら自身の出世作だった1作目もなかったことにして新しい宇宙の恐怖を作り出そうとしたのでは?
あまり詳しく書くとネタバレになりそうだけど、この映画はどこがネタバレになるのかよくわからない。『エイリアンあるある』も踏まえながら、エリアンの暴れっぷりと、ファスベンダーのアンドロイドを描いていく。人間ちょっと置いてけぼり。
コヴェナント号にもファスベンダー型のアンドロイドがいるので、ファスベンダーが二人も見られるファンサービス。アンドロイドがあれこれやっているので、見ていて『ブレードランナー』の新作を見ているのかと錯覚してしまった。劇中、シェリー夫人の名前が出て、アンドロイドとその創造主との関係も描かれているので、これもまたフランケンシュタインものの変種であるかもしれない。フランケンシュタインもので、ファスベンダーが二人、これは宇宙の『サンダ対ガイラ』だった! またしても! ちゃんとエイリアンも出てますよ。 エイリアンとは戦うものではない、逃げるものであるという事を再確認した映画。 PR ウルトラ大全集もひと段落、あの夏の日はゆめだったんじゃないか? と抜け殻のような日が続いてました。
そして今月、それでも怪獣は続くよどこまでも。
9月の超大怪獣大特撮大全集SDXは『フランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラ』『大怪獣決闘ガメラ対バルゴン』の1966年公開の怪獣映画二本立て。この2本は同年公開というだけでなく、色々と共通点の多い映画だった、と恒例のうろ覚え新聞を描きながら思いました。まず、どちらも続編的ポジションである。『バルゴン』では前作のダイジェストが流れて本編へ。『サンダ対ガイラ』も『フランケンシュタイン対地底怪獣』の続編、という位置づけだと思いきや、完全に世界が繋がっているわけではない。『バラゴンがいないフランケンシュタインの物語のリメイク』といった方がいいのかも。
あと怪獣による食人描写、自衛隊がすごく頑張って、パラボラアンテナが勝負の決め手になる、怪獣同士が出会うのは中盤辺りとか、エエモン怪獣を信用していない人類とか、殺人光線とかこじつけも含めて色々とあるのです。
あいにくと今回は仕事の都合で途中入場。映画館に入ると『ガメラ対バルゴン』の終盤近く、琵琶湖でガメラとバルゴンの最終対決が始まらんとしていました。シネスコ画面いっぱいに展開される四つ足怪獣の激闘。必殺技を封じられてもまだ手強いバルゴン、しかし執拗に水辺から逃れる姿を見て、ガメラはその弱点を悟る……。冬休みにテレビで見たあの名場面が大画面で展開される。ガメラによって湖底に沈められたバルゴンはブクブクと紫の泡を出して息絶える。休憩時間、バルゴンが破壊した橋は琵琶湖大橋なのか、近江大橋なのか? というお話を常連さんたちとするけど、結局あれは『漠然とした琵琶湖の漠然とした橋』という事で落ち着く。オールセットですからねえ。 続く『サンダ対ガイラ』は、もう何も語ることのないぐらいに語りつくされた怪獣映画の傑作。オープニング、伊福部昭の楽曲と荒れ狂う海、音と映像でで何かとんでもないことが起こることを予感させてくれる。実際すぐに起こるんですけどね。
前半は徹底して海のフランケンシュタイン、ガイラと人間の攻防、そして後半はサンダとの対決とシンプルな構成。前半の見せ場でもある自衛隊によるL作戦シーンは、メインキャストが一切出てこない、まるで自衛隊の疑似ドキュメンタリーを見ているように淡々と進んでいく。
分かってはいてもガイラは怖い、かっこいい。そして最後の最後までガイラに攻勢を促すサンダは健気である。見直してみてあのサンダは研究所から逃げたフランケンの成長した姿であり、ガイラはその細胞から生まれたものだと確認。よく怪獣図鑑では前作のフランケンの細胞から二匹が生まれた、とか書かれていたので、混乱していたけど、見ればわかることでした。だからやはり、あれは前作のリメイク、リブート的なものなんだな。
クライマックスの唐突な海底火山の噴火で物語は終わるけど、あれは奢れる科学に対して自然が怒ったという解釈でよろしいか。それが『日本沈没』に繋がっていくのです、というのは考えすぎ。 途中入場とはいえ、怪獣映画はスクリーンで見るのが楽しいなあ、と改めて思った次第。そして今これを書きながら『ガメラ対バルゴン』を視聴中。あかん、面白くて文章書けない。
じーっとしててもどうにもならないかもしれないが、じっとしててもなんとかなることもある。ここ最近は暇に任せて『バットマン』をテレビ、映画構わず見てすごしていた。ハードでダークなバットマンもいいし、ポップでねじの緩んだバットマンもいい。ゴジラシリーズがそうであるように、バットマンもどんなのが来てもこだわりなく受け入れられる。最近はハードで暗いバットマンが多いから、たまには原色バリバリの愉快なのも見て見たいな、でも無理だろうな、と思うのはゴジラにまたフットワークの軽い戦闘やシェーを望んでいるのと同じかもしれない。
そんなバットマンで近年評価が高いのは『ダークナイト』を筆頭とするクリストファー・ノーランの3部作。見直してみると、バットマンの存在がどんどん薄くなり『街対悪』の構図が強くなってきているなあ、という印象。そんなノーランの新作『ダンケルク』が公開中という事なので、見に行ってみる。前作『インターステラー』は劇場で見逃し、レンタルで『すげえ!』となった映画。今度はどんな『すげえ』が待っているのか。その前に黒沢清監督『散歩する侵略者』を。この監督も『すげえ』のひとである。単なるJホラーかと思いきや、人類が壊滅寸前にまで追い込まれる『回路』の監督である。本当はバリバリの怪物、ホラー映画やりたいんじゃないかなという思いが作品から感じられる人である。未見だけど『リアル』も、SFサスペンスと見せかけてクライマックスは『恐竜怪鳥の伝説』だったと聞く。うまく企画を通して、あとは好きなことを随所にぶちまけている、そんな印象。
今回も『この映画のテーマは夫婦愛を描いたサスペンスです!』とか言っておきながら、その実態は『予算の都合で怪獣や宇宙人のスーツも新調できず、派手な特撮も使えないウルトラセブンのとあるエピソードを、お金かけて作った』ようなものである。ハードSFだなんだと言われ続けているウルトラセブンをよりハードにすると、セブンがいらなくなるという矛盾。じゃあ『ウルトラQ』でいいんじゃないの? でもタイトルが『散歩する侵略者』だからね、いやでもセブンを想起させる。見ていてセブンの没脚本『他人の星』も思い出した。 ある日突然奇行が目立ち、自分は宇宙人だと言って地球人の『概念』を集めだした夫に翻弄される妻。そして一方で、宇宙人と名乗る青年と出会った雑誌記者の物語が描かれる。両者が交わった時、物語が……。物語は静かに日常を描き、そして徐々に、じんわりとそれが剥がれ落ちるのを描く。宇宙人の侵略がただの狂言ではなと分かったあたりから、世界が狂いだす。なぜ狂っていくのか、主要な人物以外誰も知らない。クライマックスに派手な見せ場があるものの、メインはじんわりと崩壊していく日常パートではないだろうか。冒頭から『この映画どうなるの?』と思いながら、ぐいぐいと引き込まれていく感覚。
今回の『概念を奪う』という侵略者の作戦は斬新。家族とは? 仕事とは? 自分とは? 愛とは? 普段口にしている言葉、その意味を、侵略者という外からの視線で浮き彫りにしていく。またそれによって修復していく人間関係という皮肉。
いつも眠そうな松田龍平の風貌が宇宙人っぽく、その妻である長澤まさみはいつも怒っている。長谷川博己と前田敦子は去年のゴジラに続き、今年は侵略者と遭遇することになる。去年は頼もしい味方だった無人爆撃機が……。
タイトルはセブンっぽいけど、あの夕焼けは『ゴケミドロ』、知り合いが突如他人になる恐怖は『ボディスナッチャー』かな、とか過去の侵略もののエッセンスをついつい探してしまう。宇宙人に乗っ取られた少女、垣松祐里のアクションが最近流行のカンフー系の華麗なものではなく、殴る、ぶつかる、飛びつくといった泥臭いプロレスっぽい戦闘だったのは、プロレスラーが主演した侵略SF『ゼイリブ』なのかも。または黒沢監督が涙したプロレス映画『カリフォルニア・ドールズ』クライマックスで多用される飛びつき技からかもしれない。などと考えつつ、世界はいつしか見えない侵略者によって……。
原作が元々舞台だったというのにびっくり。やっぱり企画通すときは『人気舞台の映画化で、夫婦愛がテーマなのです!』とかやったのかな。『新しい形の侵略SFです!』では通らない気がする。去年はゴジラという目に見える脅威がドッカンドッカン人間の世界に侵略してきたけど、今年は見えない脅威がこっそりやってきて、じんわり破壊していくといった感じ。
そして『ダンケルク』へ。第二次大戦中、実際にあった英仏の撤退作戦をとてつもない緊張感で描く作品。ドラマっぽいドラマはなく、その時の様子をパートごとに切り取ったような映画。ただひたすら逃げる。追う側のドイツ軍は一人も姿が見えない。見えない敵が銃弾を撃ち込んでくる恐怖。やってくるのは救援の船か、それとも見えないドイツ軍か。冒頭から緊張しっぱなしである。『ダークナイト』でジョーカーが登場するときに流れる『ビィー――――ン』という音楽がずっと流れている感じ。実際かなりの頻度で『ビィー――――ン』が流れている。そして気が緩むとドカン! とドイツの攻撃が来る。見ているこちらも戦場に放り込まれたような感覚に陥る。とにかくこの緊張状態から逃げたい! と思ってしまう。映画の内容はダンケルクで援軍を待つ一応主人公の悪戦苦闘と、救援に向かう民間の船舶(ここだけドラマっぽいものがある)、そしてその上空で行われる英独の空中戦と大まかに3つのパートに分かれ、それらがタイムラインを無視して描かれるからややこしい。こりゃ二回目を見ろという事か。
とにかく逃げて、おぼれて、逃げて、溺れて。状況が状況だけによく水に浸る映画である。
大がかりなCGを使わないと公言しているノーラン監督は、とにかく本物をぶつけ爆破させる。特に空中戦はすさまじい。CGでなければあれはいったい何なのか? 実機を飛ばしたのか、ミニチュアなのか? いつしか人はCGという存在に縛られてしまっていたようだ。青空のドッグファイトは壮絶でもあり、美しい。
しかし、ここで困ったことが起きた。猛烈の腹部の調子がおかしくなってきた。去年胆のうを取ってから、突発的な便意に見舞われることに慣れてきた。でもこんな時に来なくてもいいじゃないか! 宇宙人でも、ドイツ軍でもなく、真の見えない敵は自分の中にいた! だからそんな意味も込めて『みんな早く逃げろー!』と心の中で叫んでいた。早く逃げてエンドクレジットが流れたらトイレにダッシュしようと思っていた。しかし、体が待ってくれなかった。だめだ、いや、まだいける、しかし……。物語も終盤に差し掛かった時、どこら辺かとか書くといわゆるネタバレになりそうなのでやめておくが、仕方なくトイレに駆け込んだ。負けてしまった。でも負けてよかった。あのまま最後まで見ていたら大惨事だった。そして無事に用を足し、劇場に戻ってみるとエンドクレジットが流れていた。だから俺の『ダンケルク』はあそこまで。こりゃもう一回見に行かないといけないのかな、と思ったが、そうこうしているうちに今度は海の向こうからエイリアンとブレードランナーと猿の惑星がやってくる。まるで名画座の三本立てみたいだけど、全部新作だ。今更、映画を見る前は余計な情報と食べ物は入れてはいけないな、と思い知らされた。
まさか、敗走を描いた映画で自分が敗走するとは。 あの『ダイ・ハード2』のレニーハーリン監督が、あのジャッキーチェンと組む。少し前なら『もうちょっとましな嘘つけよ』と言われそうな組み合わせがここにきて実現するとは。世の中何が起こるかわかりませんね。90年代は『作ったら壊せ!』でブイブイ言わせていたハーリン監督と、ハリウッドの大スターになったジャッキーチェン、果たしてその相性は。いや、そんなことよりも今年はこれで2本もジャッキー映画が公開されているという驚くべき事実。いや、今までだってあったかもしれない。6月の『レイルロード・タイガー』に12月の『カンフーヨガ』と、3月に一本ジャッキーの映画が見られるという幸せな時代。それにしても今年は何本劇場で香港アクショ映画を見てきたことか。
そんな映画『スキップ・トレース』は、平日でもそこそこの人の入り。さすがジャッキー映画。
お話は香港の刑事ジャッキー(しかし今まで何度、映画の中で半生をかけて大物犯罪者を追ってきた?)が、とある事件の重要参考人である詐欺師をロシアから連れ帰ってくるというバディものであり、ロードムービー。ロシアから香港までの珍道中に加え、ロシア、香港からの追手とのアクションも、もちろんふんだんに盛り込まれています。
この手のロードムービー、バディものは飛行機乗ったらダメなんです。だって飛行機乗ったら、キャラやストーリーを掘り下げる前にすぐ着いちゃうから。もちろん、この映画でもそのセオリーにのっとり、空路を断たれたジャッキーはロシアからモンゴル経由で香港まで自動車をはじめ、馬、船、あるいは徒歩で陸路を進みます。終盤あっさり香港に戻るのは、まあ近かったんでしょうね。中国の地理には全く疎いので。そして予想外の長旅の間に相棒との友情らしきものも芽生えるのです。その相棒に扮するのは、とにかく顔が濃いジョニー・ノックスヴィル。ジャッキーに負けじと、ノースタントでアクションに挑んでますがほとんどが痛い目に遭うばかり。しかし、体張ってます。さすがジャッカス、そして顔が濃い。 仲たがいしつつの香港への道中、モンゴルや中国の自然や珍しい風習が見れるのもこの映画の特色。中国の良さを映画でアピールする、それをフィンランドの監督に撮らせるとは。でもそれがいい意味での観光映画としても機能していたのではないか。さすがに観光地は爆破しませんでしたが。
スピーディーで『面倒くさい所は端折れ! ついでに壊せ!』なハーリン監督の演出とジャッキーのアクションは実に相性がよく、お互いのいい所を譲りつつも、見せるところはしっかり見せている感じがしました。冒頭からジャッキーがカンフーで戦いながら家屋が大破壊、大爆発です。二人の持ち味がうまく絡み合ったのではないかと思います。
複数の相手に立ち回るジャッキー、でかい男に振り回されるジャッキー、強いお姉さんと戦うジャッキーと、『いつかどこかで見たジャッキー』がちらほら見れるのもファンには嬉しいサービスなのか、はたまた偶然なのか。宣伝でも大々的にうたわれていたマトリョーシカを使った殺陣も、『WHO AM I?』でオランダで木靴を履いて戦ったシーンを思わせる。ジャッキーはその土地の名産を使うのが好きなんだなあ。ちなみに強くて美しいロシアのお姉さんはWWEのレスラー、イヴ・トーレス。そりゃ強いわけだ。
旅の楽しさとアクションが存分に楽しめる一本でしたが、個人的にはモンゴルの村で突如始まるミュージカルシーンが非常に心地よいものでした。言葉は通じなくても歌と音楽で人は通じ合える、そんな気がしましたが、みんな英語で歌ってた。
忘れた頃にジャッキー映画はやってくる。今年はまだあと一本待機中。体に無理がきかなくなってるかもしれませんが、それでもアクションをこなし続けるジャッキーチェンを、できるだけ応援したいな、と広く浅いファンは思うのでした。
前回、ハデハデな映画ということで『トランスフォーマー』を見に行ったわけですが、夏の本命映画はまだ残っていた。ふんだんに予算と技術を盛り込んだ、夏の2大アメコミ映画だ。正直、アメコミ映画には食傷気味なんですが、毎回『味付け変えたぞ、さあ食え』とばかりに趣向を凝らした新作がやってくるので、ついつい見に行ってしまう。さて、どっちにしようか……子供らに『スパイダーマンとワンダーウーマン、どっち見たいか?』と聞いたら『どっちも』と言われたので、先日、両方見に行くことにした。言われなくても、一人で両方見に行ったのですが、アメコミ映画みたいに派手なのは子供らと見に行くのが楽しいのです。その分、うんとお金はかかりますが。
まずは『スパイダーマン・ホームカミング』。サムライミ版、アメイジング版に続き3度目のリブート。『またかよ!』と思う人も多いはず。自分もその『またかよ!』と思った一人なのですが、今回のリブート版では、あのアベンジャーズの世界観と融合することで新鮮味を増加、『またかよ! でもアベンジャーズに出るなら面白いかも』と思わせてしまうのです。スパイダーマン自体は昨年の『キャプテンアメリカ・シビルウォー』に登場済みなので、大まかな紹介は終わっています。この辺は世界観の統一されたMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)ならでは。またまたクモに噛まれることもなく、ベンおじさんが強盗に殺されることもなく、その辺はさらっと流してスムーズにお話が進んでいくのです。今回の映画は第一話なんだけど、いつものヒーロー映画にありがちな
『①ヒーローになる前②ヒーローになる③活躍する④なやむ⑤活躍する』
の①と②をすっ飛ばしているので、非常に見やすい。すでにスパイダーマンとしてヒーロー活動を続けていたピーター・パーカー君は、憧れのアベンジャーズに入りたくって奮闘する、そんな内容。そこで調子乗ってしまうのも10代の少年ならでは。さらには学園ドラマの要素も大いに盛り込んで、今までのシリーズとは一線を画したものになっている。憧れの彼女と仲良くなるためには? 街の裏でうごめく悪党をどうする? いつになったらアベンジャーズに入れる? 悩み多き10代です。街の悪党退治とたまに起こる大事件、それに並行して進む日常。見ていて藤子不二雄先生の『パーマン』を思い出しました。
今回のスパイダーマンスーツはトニースタークの作った、AI搭載のハイテクスーツ。アイアンマンみたいにいちいちナビがあれこれ教えてくれる仕様。でもそれってアイアンマンと一緒じゃない。なんだか手作り感がほしいよな(アイアンマンも手作りスーツですが。トニー社長はちゃんと機能を理解して着こなしている)、自分の知恵で危機を乗り越えてほしいよな。と思ったら、最後の最後に、ピーター・パーカーが本当にパーカーで頑張る展開にニヤニヤ。そうだよ、パワーアップすればいいってもんじゃないんだよ。
今回の敵、バルチャー一味はアベンジャーズが散々やらかした後の異星人の超テクノロジーを使って悪事を働く。本当なら街の解体屋さんだったのに、職を失い、こうなった。アベンジャーズの後始末のために働き、それができないなら、彼らのおこぼれで悪事を働く。ここにも『アベンジャーズ被害者の会』がいた。本当はいい人なんだよ、たぶん。バルチャーを演じるマイケルキートンも元バットマンだったんだよ。だからこそ、金持ちで派手に暴れるアイアンマンとその仲間が許せない。というのは違うか。
世界観が一緒なので、アベンジャーズやキャプテンアメリカに関する小ネタもちらほら。スパイダーマン映画だけど、キャプテンアメリカ、アベンジャーズの続編としても作らないといけないのは大変だ。それよりも、ピーターとトニー社長の繋ぎ役が社長の側近ハッピーだったり、ラストのあれであっと驚いたりで、『アイアンマン3』の後日譚的な要素もある。アべンジャーズではなく『アイアンマン3(マイベストアメコミ映画)』ね。
スパイダーマンは次回のアベンジャーズ映画にも出るそうなので、楽しみなのですが、その時はぐんと若返ったメイおばさんもぜひ。
そして翌日『ワンダーウーマン』へ。吹き替えの劇場が近所にないので、ちょっと難儀した。子供らには早く字幕にもなじんでもらいたいものです。
こちらも昨年の『バットマンVSスーパーマン』にちらっと登場して、ヒーロー対決よりも話題を集めた人。今回はその前日譚、いかに彼女が世界を守るに至ったかを描いています。
女だらけのアマゾン族の王女として生まれ(ゼウスが粘土で作ったので、たぶん不老不死)たダイアナが、ある日、島にたどり着いた連合軍のスパイとともに、人間界へ。時は第一次大戦終結の頃。ドイツ軍の毒ガス兵器を巡って、人間を守るためにダイアナが立ち上がる、というのが大まかなあらすじ。
これもいわゆる『ヒーロー第一話』なんだけど、ダイアナはすでに戦士としての訓練を受けているので『すでに出来上がっている』状態。あとは彼女がいかに人間を守るのか、そしてその秘めたる能力をいかに使うのか、に焦点があてられる。
大都会ロンドンで、見るもの触れるものがすべて新鮮なダイアナが無邪気で初々しい。無邪気で純真無垢だからこそ、悪に対してはまっすぐに怒りを、正義を行使する。しかし、いざ戦場に立つと、恐るべきその身体能力を駆使して戦う! アニメ版デビルマンのエンディングじゃないけど『人の世に愛がある、人の世に夢がある、この美しいものを守りたいだけ』、ダイアナは戦う。ワイヤーもCGも使ってるし、アクションシーンではその動きをことさら強調するようにスローになったりするけど、ダイアナ役、ガル・ガドットの走ってる姿が美しい。もともとお美しい人ですが、走る姿がさらにビューティ。銃弾の飛び交う中をよけることもなく走って走って、そしてドーン! だからこそアマゾネスの島での訓練シーンはそういった演出をほとんど使っておらず、生々しさと力強さが伝わってくる。その後のドイツ軍VSアマゾネスといシーンで、アメコミよりも昔はやったアマゾネス映画を思い出す。お姉さんが集団で男相手にドーン!
ダイアナに協力する独立愚連隊みたいなポンコツ兵士たちもどれもキャラが立っていていい。PTSDの射撃の名手、インディアン、スパイに語学に堪能な潜入名人。百戦錬磨の猛者、というよりも今までこそこそと戦場から逃げ回っていたようなはみ出し者たち。そこに人間界からのはみ出し者のダイアナが加わってうまくバランスが取れている。歌はうまいが銃が撃てない射撃の名手に『あなたがいないと誰が歌うの?』と相手の長所を認め、否定をしないダイアナ。戦場のほんのひと時の安らぎに、見ているこっちもほっとする。
このままポンコツ兵士と一緒のドイツ軍の野望を打ち砕くお話でもよかったんですが、お話は壮大な方向へ。そうだった、この人、神話世界のひとだった。でも、それがあるから今のダイアナが出来上がったわけで、そしてジャスティス・リーグにもつながるのか。
殺陣使ってるなら投げればいいのに、と思いましたが、それは別のヒーローになってしまう。予告で散々流れていたけど『本編では流れないでしょ』と思っていた、かっこいいワンダーウーマンのテーマも劇中ではしっかり流れておりました。音楽は大事なのです。
アメコミ映画はやたらと『原作では……』『ヒーローとしての苦悩が……』とか語られがちですが、それはそれとして、ピーター君がスカッと一皮むけて、きれいなお姉さんが戦車持ち上げてドーン! で面白かった! でいいじゃないですか、コミックってもともとそういうものでしょ。いかにポップコーンがおいしく感じるか、ですよ。
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カウンター
プロフィール
HN:
馬場卓也
性別:
非公開
職業:
作家
趣味:
怪獣
自己紹介:
作家。一応作家。
CS放送のシナリオ公募で佳作入選。 『SHUFFLE! アンソロジーノベル』 でデビュー。 『School days 君といる、空』で長編デビュー。(ともにJIVE ) 『真田十勇姫!』(ソフトバンクGA文庫) シリーズほか、チョコチョコと。 ラノベ、ゲームシナリオ等々、何でもやりますのでお仕事お願いします。 怪獣とかチャンバラが好きやねんけど、女の子率高いなあ。
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